こんにちは、りつかです。
今日のお話は
在宅ワーカーの生活、罪悪感についてです。
在宅なのに、今日も何もできなかった。
朝は起きました。トイレにも行きました。ご飯も食べました。
でも、それだけだった、という日です。
気づいたら夕方。
スマホを見て、少し横になって、またスマホを見て。
寝ていたわけでもないのに、なぜか体は重く、疲れている。
そして夜になると、決まってやってくるものがあります。
自己嫌悪と、理由のはっきりしない罪悪感です。
「在宅なのに」
「時間はあったのに」
「やろうと思えば、できたはずなのに」
このページにたどり着いたあなたは、
おそらく今日も、そんなふうに自分を責めているのではないでしょうか。
でも、まず最初にお伝えしたいことがあります。
その状態は、あなたの意志が弱いからでも、
甘えているからでもありません。
在宅という環境そのものが、
人をそういう状態に追い込みやすいだけなのです。
第1章|在宅だと生活リズムが崩れやすいのは「意志の問題」ではありません
在宅になると、生活リズムが崩れてしまう。
これは、とてもよくある話ですね。
けれど多くの場合、
「自己管理ができていない」
「だらしない」
そんな言葉で片付けられてしまいます。
ここが、まず違うと私は感じています。
通勤がある生活には、
実は強制的にリズムを作る仕組みが、いくつも組み込まれています。
・決まった時間に家を出る
・外に出るから身支度をする
・移動という切り替えがある
・職場に着くと仕事モードに入る
在宅になると、それらが一気に消えてしまいます。
朝起きても、
「一日が始まった」と実感できる出来事が、ほとんどありません。
布団から出ても、
そこはもう仕事場であり、休憩場所であり、寝室でもあります。
時間の境目が、少しずつ溶けていくのです。
だから生活リズムが崩れるのは、
意志が弱いからではありません。
区切りが消えてしまったからです。

「在宅=自由」と言われることは多いですが、
実際には
在宅=境界線が存在しない状態とも言えます。
境界線のない場所で、
毎日きっちり動ける人のほうが、むしろ少数派でしょう。
第2章|在宅だとダラダラしてしまう理由
在宅だと、なぜここまでダラダラしてしまうのでしょうか。
・休憩と作業の境界が曖昧
・スマホが常に手の届くところにある
・ベッドや布団が視界に入る
・「少しだけ休もう」が終わらない
これらはすべて、
人間の脳の仕組みに合っていない環境です。
人は「今は仕事」「今は休憩」と
はっきり分かれていないと、集中しにくい生き物です。
在宅では、その境目がすべて混ざってしまいます。
その結果として起きるのが、ダラダラです。

ここで多くの人が、
「自分は怠け者だ」と評価してしまいます。
ですが、そうではありません。
ダラダラ=怠け、ではなく
ダラダラ=環境設計の問題です。
責めるべきなのは自分ではなく、
人の集中力を削ってしまう配置のまま、過ごしている環境です。
とはいえ、
環境を整える気力すら出ない日もありますよね。
そんな日は、ただダラダラが続いてしまいます。
そして、次のしんどさへと進んでいきます。
第3章|「何もできなかった日」が一番つらい
在宅で一番つらいのは、
忙しすぎた日でも、失敗した日でもありません。
何もできなかった日です。
成果はゼロ。
進捗もゼロ。
頑張ったという実感もゼロ。
それなのに、なぜか疲れている。
誰にも見られていないのに、
焦りだけは残ります。
「私は今日、ちゃんと存在していたのだろうか」
そんな感覚に近いかもしれません。
外で働いていれば、
行くだけで「やった感」が残ります。
ですが在宅では、
何も残らない日が簡単に生まれてしまいます。
この空白が、人を一番追い詰めます。
夜、布団に入ってから始まる反省会も、
多くの人にとっておなじみでしょう。
・あれもできたはず
・これもやろうと思っていた
・結局、何もできなかった
この反省会は、
次の日のエネルギーを回復させません。
むしろ、少しずつ奪っていきます。

第4章|在宅で自己管理できない自分を責めてしまう心理
在宅になると、
「自己管理」という言葉が、強くのしかかってきます。
時間管理。
タスク管理。
モチベーション管理。
すべてを、自分ひとりでやることを求められます。
そして、うまくできないと、
「自分は向いていない人間なのだ」と
一気に結論づけてしまいがちです。
SNSを開けば、
朝活をしている人。
毎日コツコツ積み上げている人。
在宅でも成果を出している人。
そんな姿が、たくさん流れてきます。
比べてしまうのは、自然なことです。
ただ、忘れがちなのは、
成功談というのは、体調のいい日だけを切り取ったものだという点です。
在宅で自己管理ができない日があるのは、
失格だからではありません。
人間だから、です。
毎日、同じパフォーマンスを出せる人間は、
ほとんど存在しません。
在宅は、それを隠せないだけなのです。
第5章|在宅の罪悪感が消えない理由
在宅にいると、
なぜか罪悪感がつきまといます。
・家にいるだけでサボっている気がする
・動いていないと価値がない気がする
・何も生産していない自分が許せない
この罪悪感の正体は、
「誰にも見られていない不安」です。
外で働いていれば、
誰かに見られている感覚があります。
けれど在宅では、
誰からも評価されない時間が続きます。
その結果、
自分で自分を裁くようになります。
罪悪感を抱えたまま休んでも、
それは回復ではありません。
ただの消耗です。
休んでいるのに疲れが取れない理由は、
ここにあります。
第6章|解決しきらなくていい、今日の落とし所
ここまで読んで、
「では、どうすればいいのだろう」と
思われたかもしれません。
ですが、ここで大きな解決策は出しません。
在宅のこの悩みは、
一度で消えるものではないからです。
今日の落とし所は、これだけで十分でしょう。
・今日は0点ではないと決める
・ひとつだけ「やったこと」を認める
・明日を変えようとしない
たとえば、
起きたこと。
ご飯を食べたこと。
シャワーを浴びたこと。
それだけでも、ゼロではありません。
変われない日があっても、
在宅という生活は続いていきます。

それでいいのだと思います。
また同じ日が来たら、ここに戻ってきてください
今日もダメだったと感じている人へ。
明日も同じかもしれないと不安な人へ。
それでも、在宅で生きている人へ。
この悩みは、きっと何度も戻ってきます。
だから、
また自己嫌悪に沈んだとき、
また罪悪感で動けなくなったとき、
ここに戻ってきてください。
少なくとも、
あなたひとりではないということだけは、
思い出してもらえるはずです。
りつか



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